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2026.10.13 第14回大東建託賃貸住宅コンペ第14回|有識者インタビュー|國本耕太郎

語る男

國本耕太郎 (漆器くにもと 代表)

フィールドワークサポーター

高岡を通過点ではなく、目的地にしたい

漆器のまちに生まれ、まちの栄枯盛衰を目の当たりにする

私は高岡で漆器の製造・卸売を営む家に生まれました。子どもの頃は、世の中がちょうどバブル期で家業も好調でした。祖父や父が楽しそうに仕事をしている姿を見て育ち、小学生の頃の作文に「将来の夢は漆器屋になること」と書いていたほどです。
当時の高岡は、職人・問屋との交流も盛んで、毎年温泉旅行へ出かけるほど交流も深く、人と人とのつながりの中で地域の産業が成り立っていました。私にとって、それが高岡の日常でした。
一方、思春期になると地元を離れて外の世界を見てみたいという思いが強くなり、進学を機に高岡を離れました。そして進学先では、学校の先生がオートバイのデザイナーだったことに影響を受け、バイクの世界に魅了されていきました。
その後は全国展開するバイク販売会社に就職し、メカニックとして整備の仕事に従事。整備相談や技術資料の制作を担当し、海外勤務も経験するなど、高岡の家業のことは気にしつつも自分の仕事に邁進した20代でした。
30歳になる頃、「そろそろ高岡へ戻る時ではないか」と考えるようになりました。親から戻ってくるよう言われたことはありませんでしたが、世の中全体の産業構造が大きく変化する中で、高岡の漆器業界も厳しい状況に置かれていることは感じていました。
そんな思いを抱きながら帰郷した私を待っていたのは、子どもの頃に見ていた活気ある高岡とは、まるで違う景色だったのです。

同じ危機感を持つ仲間との出会い

私が子どもの頃の高岡中心市街地は、人で溢れかえっていました。末広町や御旅屋通りは、今でいう竹下通りのような賑わいがあり、休日には身動きが取れないほどでした。映画館も複数あり、百貨店や大型店も立ち並ぶなど、多くの人がまちなかで時間を過ごしていました。
しかし、私が高岡へ戻ってきた頃には、その状況は一変していました。
郊外への住宅開発、自動車社会の進展、そして大型商業施設の進出で人の流れは中心市街地から離れてしまっていました。気が付けば、商店街にはシャッターが下り、人影もまばらに。正直、「戻ってくるべきではなかったのではないか」と思うほどの光景が広がっていてショックを受けました。そんな思いを抱えながらも、地元でまずは人との繋がりをつくっていきたいと思い、「高岡伝統産業青年会」に参加しました。「高岡伝統産業青年会」とは、伝統工芸に関わる40歳以下の若手が集まる会です。自分と同じように一度外へ出て、高岡へ戻ってきた仲間たちも多くいました。外を見て戻ってきたみんなが「このままではいけない」と同じことを感じていて、そこから高岡の未来について語り合い、どうすれば産地を守れるのかを考えていきました。
今、高岡のものづくりやまちづくりが全国から注目されるようになった背景には、この強い危機感があったからだと思います。ものづくりに関わる多くの人が「このままでは終われない」という思いを原動力にしてきました。

高岡の強みは“人のつながり”

高岡の伝統産業には、何よりも人のつながりがあります。私たちの業界では、親や祖父の代からの関係が続いているため、業界内では名刺すら必要ありません。「〇〇さんの息子さんだね」で通じます。困ったことがあれば相談できるし、「その仕事ならあの職人さんが得意だよ」と自然につないでもらえます。他産地では問屋と職人が分断されていることも多いのですが、高岡は横のネットワークが強く、だからこそ新しい商品や取り組みに挑戦しやすい土壌があります。
現在の高岡クラフトやものづくりの活動も、こうした人のつながりの上に成り立っています。

工場見学ツアーを始めた理由

仲良くなった青年会の会員の工房を一軒ずつ訪ね歩いた時、大きな驚きがありました。
どの工房も本当に面白かったのです。職人たちは当たり前のように作業していますが、外から見ると驚くような技術や手仕事がたくさんありました。「これはもっと見てもらうべきだ」そう思い、2007年に有志で工場見学ツアーを始めました。実際に工房を見れば、「なぜこの製品が高いのか」がよく分かります。
職人の手間や技術、時間の価値を知れば、高いのではなく、むしろ安いと感じるはずです。
これからのものづくりは、売りに行くのではなく、買いに来てもらう時代だと思っています。商品だけではなく、人やまち、空気感まで含めて体験してもらう。その上で高岡のものを選んでほしいのです。

世界的に注目される「市場街(いちばまち)」とは

クラフト、食、アート、デザイン、さまざまな分野を横断しながら、高岡の街中へと展開するイベント「市場街(いちばまち)」が毎年9月に行われます。当初は高岡クラフトコンペティションの期間中、街中をものづくりで盛り上げようという想いから、初代実行委員長の富山大学芸術文化学部の松原教授や地元デザイナーの方々とともに見せ方から変えていきました。それがどんどん広がって、点が線になり、面になって現在に至ります。
僕は当初は「漆器くにもと」として関連イベントを担当していて、2年目から実行委員に入り、今は委員長として全体運営に携わっています。実行委員のなかで高岡出身者は実は僕だけです。市外や県外出身の人たちが外からの視点を生かして新しい魅力を発信しながら高岡を盛り上げてくれていることを心強く感じています。
そうした活動が評価され、2022年度には「ふるさとイベント大賞」最高賞の内閣総理大臣賞と「グッドデザイン賞」を受賞しました。
「市場街」という名前には、「ものと人が行き交い新しい価値観やつながりが生まれる場にしていきたい」という意味が込められています。これからも高岡の魅力をより多くの人に知っていただけるよう、新しい挑戦を続けていきたいと考えています。

コンペ応募者へのメッセージ

──高岡を目的地になる場所にしてほしい──

高岡は一次交通の便が良く、どこへでも行きやすい場所です。その一方で、金沢へ行く途中、能登へ行く途中、世界遺産へ向かう途中といったように「通過点」として見られることも少なくありません。でも私は、高岡を「目的地」として選ばれるまちにしたいと思っています。
実際、外国人観光客の中には高山と間違えて高岡に来る人もいます。ところが、そうした偶然の来訪者が、「こんなに素敵なまちなのに、なぜ人が少ないの?」と驚き、ファンになって帰っていくことがあります。ゆっくりと時間を過ごせることも、高岡の魅力のひとつなのです。
ただ今回の賃貸住宅コンペは、観光施設を考えるコンペではないですよね。高岡で暮らす人たちの日常が、どうすればもっと幸せに暮らせるのかを考える取り組みだと思っています。高岡には、地元の人でも気づいていない魅力がまだたくさんあります。18歳で高岡を離れ、30歳で戻ったからこそ、私自身もそれに気づくことができました。地元の人では当たり前になっている風景や文化も、外から見れば大きな価値になります。だからこそ、ぜひ固定観念にとらわれず、高岡の持つ魅力や可能性を見つけてほしいです。そして、この場所にしかない暮らし方やコミュニティのあり方を提案してもらえたら嬉しいです。高岡が「通過点」ではなく、「ここに来たい、ここで暮らしたい」と思える場所になるようなアイデアを期待しています。