2025.08.08 第13回大東建託賃貸住宅コンペメンター建築家からのメッセージ|大庭早子

大庭早子建築設計事務所 メンター建築家
東アジアコモンハウス
ブラジルから帰国し、地元である佐賀とお隣の福岡を活動の拠点にしてちょうど10年になります。九州はアジアの玄関口とよくいわれますが、九州に住んでいるとそのことを感じる体験は多く、私がはじめて行った海外はフェリーでの韓国旅行で、高校の修学旅行先は中国でした。アジアが近いのが当たり前で、客観視することがなかったのですが、東京で建築を学んでいた頃、2016年のオリンピック誘致で東京と福岡が競っていて、磯崎新さんや石山修武さんたちが東シナ海を中心としたひとつの文化圏〈東アジアコモンハウス〉の東隅として博多湾を主会場とし、異国からの訪問者〈まれびと〉を受け入れるという誘致計画コンセプトを見た時、改めて福岡が面白い場所なのだと感じました。
福岡という場所と対話してほしい
九州を拠点にして以来、福岡県の県境に位置する個性豊かな場所で仕事をする機会に恵まれたので、いくつか紹介したいと思います。
佐賀県の県境に近い木工のまち大川市では、2017年から3年間建具職人さんたちと一緒に新しい建具の可能性を探るプロジェクトに取り組みました。建具屋さんは多様な職人技術や所有する道具や機械などによってそれぞれの得意分野があり、代々続く数多くの工房群が隣接し、協力し合って仕事をしています。私はブラジルなどの海外にも建具を持っていけるように、巻ける建具や転がす建具というアイデアを提案したのですが、職人さん達の反応は、普段はやらないことだから無理という返事ではなく、やったことないからやってみようという頼もしい回答で、何度も工房に通って対話と試作品づくりを重ねました。難しい建具もさまざまな職人さんがいるから試行錯誤できる。専門職のコミュニティがひとつの地域を成している状況が面白かったです。
大分県境にある林業やお茶が産業として有名な八女市でも現在住宅の設計をしています。八女で活動し九州の地域文化に精通するお施主さん夫妻に八女市内を案内していただく中で、八女がお茶、仏壇、和紙、櫨蝋、提灯、石工、絣などさまざまな文化的資源に恵まれた土地であり、また、さまざまなまちづくり団体のもとで、住民・行政・職人さんなどがみんなでつくってきた歴史に触れました。八女市には、アトリエ・ワンが設計した八女里山賃貸住宅 の「里山ながや・星野川」(2019)があります。地縁のない移住者でも里山暮らしを始めやすい長屋形式の木造集合住宅で、地域の連関に参加し、地元工務店と大工育成塾で技術を学んだ若手大工が、八女杉を加工し板倉構法で建てられています。
熊本県境の炭鉱のまちとして有名な大牟田市では駅前の解体を待つ空きビルを活かし、大牟田で活動する「ポニポニ」という団体を体現するような開かれた拠点づくりに関わりました。三池炭鉱の発展と共に形成された地方都市で、炭鉱閉山後に人口は半減し、現在はインフラを含めたまちの維持管理が困難になり、高齢化問題にも直面しています。ですがその状況をポジティブに捉え、衰退する状況を楽しもうという人たちがたくさん集まってきていて、空きビルや空き家対策、人間福祉だけでなく動物福祉への取り組みが行われています。上記の「ポニポニ」主催のイベントでは、宅老所「よりあい」代表の村瀬孝生さんや、東京大学教授で哲学対話の梶谷真司さん、東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長の伊藤亜紗さん、大牟田市動物園の園長として動物福祉に尽力されている椎原春一さんのお話を直接伺うことができ、「老い」や「ウェルビーイング」をきっかけに多様な立場や価値観を受け入れ、対話できる場所が生まれています。
福岡という場所は誰かと会話をすると思いがけずどんどん繋がっていくような気がしています。入り込めば入り込むほど可能性を感じられる場所です。田舎的なコミュニティや人のつき合い、繋がりがベースになっていると思うので、それを感じてもらえると福岡をより深く捉えることができるのではないでしょうか。
住まいとして誇れる賃貸住宅を
私は大学進学からアトリエ事務所で勤務した10年間はずっと東京・横浜で一人暮らしをしていたのですが、日々の忙しさや金銭的な側面から、ただ寝られればよいというのが自分の賃貸住宅での暮らしでした。でも、豊かな住まいを提案したいと思っている自分がそんな生活をしていることにだんだんと息苦しさを感じるようになり、その最中に東日本大震災があって、暮らしを見直したい気持ちから、ずっと気になっていた地球の裏側であるブラジルに飛び込みました。
2年半のブラジル滞在中にいろいろあって8回ほど引っ越しをして、ホームステイやルームシェアなどを経験したのですが、オスカー・ニーマイヤーが設計した「コパンビル」(1951-66)という社会を内包したような巨大な集合住宅で過ごした日々は強烈に覚えています。住人になることで、今まで風景として見てきた建物への愛着が大きく変わるのを感じました。「コパンビル」は地上33階建てで波打つブリーズ・ソレイユの巨大なファサードが特徴で、サンパウロの旧市街地のさまざまな場所からちらちら見えますし、タクシードライバーに住所を伝えずとも建物名だけで通じます。自分の住まう場所が都市での暮らしの中で見つけられる安心感や、夜になって「コパンビル」に灯りがつくと、ブリーズ・ソレイユ越しに漏れる光がとても魅力的で、そのファサードに自分も関わっている喜びや誇りといった感覚が芽生えるんです。約1、200戸が一緒に住んでいるので、都市の顔をつくっている大きな建物に住んでいる嬉しさが、住人の一体感や誇りを醸成するのではないかと思います。その感覚は日本では感じたことがなく、良い経験でした。最近は、大きな立面を持つ建物をつくることへの抵抗感は強いかもしれませんが、住んでいる人も、その周辺の人たちにも愛されている建物のありようを体験した身としては、そういったことにもぜひチャレンジしてほしいです。
「コパンビル」は仕組みもユニークで、オートセキュリティではなく、約1、200戸の住戸がいくつかのブロックに分かれてエレベータホール兼エントランスがあり、そこに屈強な門衛さんが数人24時間常駐しています。彼らがいつもそこに居てくれて挨拶するので顔見知りになり、建物の一番中央のエントランスには古くからあるエスプレッソが美味しい立ち飲みのカフェがあって、朝昼晩、住人や近隣の人たちがふらっと立ち寄り少し言葉を交わして出ていく。治安があまり良くない旧市街地でありながら、アナログなセキュリティがあることで独特なコミュニティができています。大きな集合住宅ながら、心地よく住むことができました。当初は投資も兼ねた分譲集合住宅として建てられたのですが、竣工して約60年が経ち、今は約1、200戸の所有者たちが思い思いに改修を重ね、約200住戸がAirbnbに登録して貸し出しも多く行われていて、住まい方も仕組みもどんどん変化しているのが面白いです。
メンター建築家として、みなさんへ
私が学生の頃の建築のコンペは、リアリティよりも斬新なアイデアと瞬発力が求められるものが多かった印象で、恥ずかしながらあまりチャレンジしたことがなかったのですが、今回の賃貸住宅コンペは、アイデアコンペでありながら、仕組みと空間がセットで求められるためリアリティが必要で、応募期間が長いので考える時間が十分にあり、1次審査を通過するとさらにメンターと一緒にブラッシュアップする時間もある。卒業設計に取り組むぐらいの覚悟は必要になると思いますが、建築の社会性と向き合う素晴らしい機会だと思います。私は日本女子大学の住居学科で建築を学んだので、住まいや暮らしに関わることに興味があります。コンペの課題として住まうことをどう考えるかが求められ、住まいだけではなく地域と対峙する視野の広がりも必要とされる。今まさに設計者に求められているスタンスに挑戦できるので、もし今学生だったらこのコンペに出してみたいです。
メンターとしては、応募者のみなさんには自分が住んでみたいと思う提案を考えてほしいです。自分がそこに住みたいか、家族や友人を住まわせたいか、その地域の未来を担う子どもたちにそこで育ってほしいか、そういう自分自身の感覚を大切にしてほしいと思います。さきほどの「コパンビル」のように近隣に住んだらどう思うか、といった視点も大事かも。設計者だけの視点に偏りすぎないようにしてください。
今回は私自身も住みたいかどうかを問いながらメンターをしていこうと思います。一緒に住んで、住人同士として何を思うのか、提案してくださったみなさんとフラットに会話しながら、意見交換をしながらやっていきたいです。自分の知識をというよりも、経験を提供しながら一緒に考えたい。何がきっかけになるかわからないので、まずはみなさんと福岡のこと、賃貸住宅のこと、雑談をたくさんしながら何かを見つけていきたいです。







